未来創想コラム

「臓器提供をしない」選択

投稿日:2010年9月29日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

2010年9月、今朝は涼しくて、半袖で慌てて飛び出したので、思わず「さぶ!っ」と言ってしまいました。 犬は、元気に走り出しました。
(「さぶ!っ」 は「寒い」の大阪弁?)

散歩で見つけた花いっぱいのお宅散歩で見つけた花いっぱいのお宅

移植コーディネータの朝居さんは、「臓器提供をする」という前提の方に説明することが多いのだそうです。
断られる場合は、医師や看護師などを通されることが多いので、その理由を詳しく聞く機会はめったにないそうです。

毎日新聞「命に寄り添ってー朝居朋子」より

(前略)

最近、「臓器を提供した」という報道が多いため、「臓器を提供しない」という選択もあることが忘れられているかもしれません。
臓器提供を「する」「しない」は、善悪の相反する価値ではなくて、
その人や家族の選択を、そのまま社会が支持する雰囲気になれば、と思います。
臓器提供への理解は深まって欲しいですが、「臓器を提供するから善い」「しないから悪い」 という価値判断は、根付いて欲しくありません。

私もそう思います。
善い・悪いという判断をするのは、日本人らしいかなとも
手元供養においても、「手元供養」という言葉が一人歩きして、
「手元供養する」から故人を深く愛している、
「しない」から故人を軽視している、
なんていう風潮ができたとしたら、恐ろしい感じがします。

「供養」というのは、心の問題であって、形では測れないものではないでしょうか。
「手元で供養するという供養のあり方」 があるということは知っていただきたいですし、
「グリーフケア」 についての理解は深まって欲しいと思いますが、
「する」「しない」はご遺族のお考え、思いを尊重したいと思っています。

遺骨ペンダントや弊社のカロート®ペンダントがファッションで身に付けられるようになったら、私としては、嬉しくはないな、と思うのです。