未来創想コラム

上手な逝き方 遺骨について

投稿日:2011年2月7日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

書評で見つけて「上手な逝き方」を読んでいます。
この書籍をを読み進んでいくと
「第五章 お墓と骨をめぐる問題」の中に
遺骨、遺骨への執着 というテーマで対談があります。

浄土真宗では、「死者は全部、阿弥陀如来のおてもとに成仏して行かれる」ので、火葬しても遺骨は余り気にしていなかった」が、
時代が下ると納骨ということが行われるようになった、のだそうです。

宗教離れが進んで、遺骨に対する執着が強くなってきている。
日本人は「遺骨フェチ」だとも。

その中に大阪・天王寺の一心寺の骨仏の話も出てきます。
手元供養のための遺骨ペンダントやミニ骨壷を販売していても、
人々のご遺骨に対する強い思いを感じます。

信仰とは関係なく、故人を思う気持ちのやりどころが最後に残されたお骨なんだろうなあと思うのです。
お骨に魂が宿っていると思っているわけではなく、
これまでは、信仰によって慰められていた気持ちが、
信仰を失って、それに変わる形あるものを求めているのではないでしょうか。

仏壇もご本尊を祀るものではなく、故人に祈りを捧げる場所となり、
お墓もお寺にはなく、公園墓地に個人のお墓を作ることになっているのもわかるような気がします。
遺骨のある場所が故人を現実的に感じることのできる場所なのですね。

先日、おかあさんと娘さんがカロート®ペンダントにお骨を納めて欲しいと持ってこられました。

遺骨ペンダントの悠久色々なお話をしながら、ご遺骨を細かくして、納めていったのですが、
ご遺骨を砕く作業も別に違和感なくご覧になっていました。

「砕く」と言ってもこの本に出てくるように「ゴルフクラブで叩く」というような乱暴なものではありません。
アッシュメーカーという当社開発の小さな器具でくるくると持ち手を回して細かくします。

小さなペンダントですが、お骨は思った以上にたくさん納めることができました。
「そんなカケラも入るのですね」と驚いたり、感心したり。
「これで、いつでも一緒にいられます」と喜んでお帰りになりました。

お骨をカロート®ペンダントに納めるということもひとつの形式のない儀式になっていて、
ご自分を納得させる大切な時間なのかもしれません。

納めながら、お骨の話や故人様のお話を聞いて小一時間過ごしました。
この時間が大切なのかもしれないと改めて感じました。
今後もご遺族様との大切な時間を共有できればと思います。