未来創想コラム

告別式の弔辞-儀式の力

投稿日:2012年6月26日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

2011年6月、九州地方では大雨では各地で被害が出ているようです。お見舞い申し上げます。

会社から見える南御堂を臨む今朝の大阪は晴天です

さて、話は変わりますが、
通夜・告別式が縮小化され、1日で済まされるとか、直葬という火葬だけ、儀式はしないとか、
世の中は、葬儀を簡略化する方向にあるようです。
仏教的な儀式に意味を感じることができない、
葬式仏教徒で、にわかに信仰心が芽生えるわけもありませんから、
お金のかかる葬式は必要ないのではないかという方向へ流れるのは仕方がないのかもしれません。

しかし、それでよいのでしょうか?
亡くなられたご主人の後輩が告別式で弔辞を読んでくれた話が、新聞の投稿にありました。

毎日新聞・女の気持ち6.21「後輩の弔辞」

定年後68歳で亡くなったご主人の告別式。
弔辞の中で後輩の方が「今の自分があるのは、先輩のおかげです」と
職場での仕事ぶりや、人への接し方、思いやりなどを思い出話を交えながら語ってくれたそうです。
息子さんたちは、改めて「仕事はきっちりと頑張っていたし、人望もあったんだ」と見直したのだそうです。

家族でも、家庭以外での姿はよくわからないものです。
私も父、母の通夜、告別式に来られた方から若い頃の話、
私の知らない最近の様子などをたくさん教えていただきました。
それは、貴重な体験でした。

私の友人は義父と同居していましたが、そのお義父さんが心臓麻痺で突然亡くなり
二人のお孫さんをはじめ、悲しみに打ちひしがれておりました。
その葬儀の場に年配のご婦人がたくさん見えたのだそうです。
実は、お義父さんは地域のコーラスグループの世話人をされていたそうで、
関係者の方が参列して下さり、思い出話を聞かせてくれたそうです。
今では大人ばかりの家族になって、話をする機会もあまりなく、
お義父さんがそんなグループに所属していたことは誰も知らなかったのだそうです。
その事実に大変驚き、また、みなさんの参列に喜び、葬儀をしてよかったと言っておりました。

亡き人を慎む時間亡き人を悼む時間と場所は「通夜・告別式」に限らず必要ではないでしょうか。
家族だけではなく、これまでお付き合いのあった方々と故人を悼む時間を共有することで
どんなに悲しみが癒されることでしょう。

長い間に培われて来た儀式の有り様は、何らかの必要性があるから継承されて来たのではないでしょうか。
信仰していないから、費用がかかるからと言って、
一刀両断に切り捨ててしまうのはいかがなものかと、最近考えています。

温故知新、旧来の儀式の良さを再認識して、新しい儀式、祈りの形を探索したいと思います。