未来創想コラム

ご遺骨の忘れ物

投稿日:2013年10月19日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

JRの「落し物」として遺骨がたくさんあるという話は聞いたことがあります。
新聞でこのような記事がありました。

警察に届けられた遺骨は保管期間3ヶ月以内に落とし主が名乗り出ることはほとんどなく、寺などに引き取られている。自治体が預かる無縁仏の遺骨も急増している。
このような状況を小谷みどり・第一生命経済研究所主任研究員は

「納骨はお金がかかるし、無縁仏を受け入れてくれるお寺を探すのも手間がかかるので、意図的に『落し物』にしたのだろう。

合葬墓や散骨など、墓を守らなくても故人を供養できる仕組みがあるのに、こうした引き取り手のない遺骨が増えているのは、少子化や核家族化で遺骨の継承が難しくなり、お骨への思い入れが減っていることの表れかもしれない」

(読売新聞2012.10.2)

遺骨はご遺族の手元にある間は「遺骨」ですが、一旦お手元を離れたら「物」になってしまいます。「遺骨に対する思い入れが減った」のならさほど問題とは思いませんが、実は「家族に対する思いが減った」のではないでしょうか。

例えば、お墓を継承できなくても亡くなったご家族を思う気持ちがあれば、ご遺骨を粗末に「忘れ物」にするなどということができるでしょうか。
また、合葬墓や散骨は亡くなった方を供養する一つの形であって、遺骨の「ゴミ置き場」ではありません。

10年間ほど直接散骨に関わってきましたが、散骨という名のお骨を捨てる行為が出てくるのではないかと不安に思っていました。「委託散骨」という名の業者に委託して遺骨を撒いてもらう形での「捨てる」行為が広がらないように願っています。

納骨にお金がかかるということで、お墓や納骨堂が敬遠される風潮ですが、そのことが家族に対する思いまで、祖父母や先祖に対する敬意まで失くしてしまう社会を作っていってしまいませんか。
祖父母、両親を敬い、自分の命を大切にする社会は人の死を大切にする社会だと思います。

もし、遺骨に対して、全くその必要性を感じないのであれば、火葬場で拾骨をされなければよいのではないでしょうか。ご遺骨がないからといってご遺族の亡くなった方に対する思いが無いと言うことにはならないと思います。

遺骨が残るので、その遺骨に引っ張られて「遺骨の行き先」や供養のあり方を考えるのではなく、自らの故人を思う気持ちをどのように表すのか、従来の「遺骨を納骨する」ことに変わるものを私たちが持たないといけない状況になってきているように思います。