「きっしょ」にする 大阪弁〈吉書〉

投稿日:2011年6月1日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

2011年6月、当社ショールームにお越しいただいたご家族、二組

一組は、お父さんを亡くされた小学校5年生のお嬢さんとお母さん。
もう一組は、二十代の娘さんを亡くされたお父さんとお母さん。
お電話で、おみえになることはわかっていたので、なんだか、つらい一日になりそうな予感。

しかしながら、二組とも大変落ち着かれた様子で、しっかりと商品をご覧になっておられました。
ちょっと、安心。


5年生のお嬢ちゃんはカロート®ペンダントの「涙のしずく」がとても気に入って、
「私は、コレ!」とすぐに決められました。
お母さんはなかなか決めかねて、「ゴールドもいいわね、おそろいにしようか?」と迷って、
しばらく考えますと帰られました。


もう一組のお母さんは「実際に持ってみたら、大きさといい、重さといい、これがいいわ」と「掌」を手にとってくださいましたが、
思うような色がなく、こちらも思案中。

お父さんは「普通に話をしてくれて、うれしいです。」と
周囲の方があまりに気を使われて、お悔やみもご遠慮されたり、娘さんの話はしないようにしたり、「気持ちはありがたいが、普通に娘のことを話したい」と

亡くなった人の話をしないと「その人がいなかったみたい」じゃあありませんか?

故人の話をして、思い出して、話をすることは大切なことですね。
ただ、ご遺族と話をするのは、こちらがつらいのですね。

ご遺族の方がつらいのにね。

納骨は今のところまだ決めていないと二組ともおっしゃていました。
まだ、そんな気持ちになれないのは、無理もないことだと思います。

「四十九日までに納骨しないといけないでしょうか?」と時々きかれます。
「お気持が納得するまで、ご一緒にお家に置いておかれたらいかがですか」と答えます。
いずれ、何かが「きっしょ(吉書)」になって、納骨するときが来ると思うからです。

何が「きっしょ」となるかはわかりませんが、日々の生活を営み、
故人を悼み、思い出し、涙しながらも、何かを決定していく中で、きっと「きっしょ」となる何かに出会うことでしょう。

無理に四十九日を「きっしょ」にしなくてもいいのではないでしょうか。
二組のご家族とも、これから波が打ち寄せ、引いていくように
悲しみに翻弄されることもあるでしょう。
人生の途中で亡くなったご家族への思いは、これからの方が強くなるかもしれません。

体調をくずすことなく、日常生活をしっかり過ごして行っていただきたいと思います。
お気持が決まりましたら、またお越しくださいませ。

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