はるかのひまわり」加藤はるかさんの納骨

投稿日:2012年1月18日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

加藤はるかさんは阪神大震災の時、東灘区で木造の自宅の下敷きになって亡くなりました。

はるかさんが隣家の小鳥の餌にしていたヒマワリの種が、更地となった住宅跡で、
その年の夏に大輪のヒマワリを咲かせました。
その種は神戸の他の被災地にもヒマワリを咲かせ、東日本大震災の被災地にも届けられました。

はるかさんのお母さんは2011年1月18日にはるかさんの十七回忌を終えた後、
急性心筋梗塞のため亡くなられましたが、生前、はるかさんの遺骨を手元に置いて
「私が死んだ時に一緒に棺にいれてほしい。一人でお墓に入れるのは寂しい」と
話していたそうです。

そこで、今年、姉のいつかさんの手で墓地に一緒に納骨されたそうです。
ご遺骨と離れがたく、お手元に置いておられる方は多いと思います。

「早く納骨しないと成仏できない」などという方もおられますが、
ご自身が納得されるまで手元に置いて供養するのも供養の一つのあり方だと思います。

故人を思うこと、それが供養ではないでしょうか。
故人を記憶し、思い出し、話をすること、それが供養ではないでしょうか。

子どもさんを亡くされたあるお母さんがいいました。
「だれも亡くなったこどもの話をしてくれない、まるでこの子がこの世にいなかったよう」
それはとても悲しいことですね。

人は二度死ぬといいます。
一度目は肉体が死んだ時
二度目は人々の記憶から消えた時

亡くなった人を思いだすことは、時につらいことでもありますが、
思い出すこと、記憶に留めることで、人は前にすすめるのだと思います。

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