散骨のための粉骨のお手伝い

投稿日:2012年8月6日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

2011年8月、連日熱戦が続くオリンピックで、寝不足の方も多かった事でしょう。
日本初のメダル!という競技もいろいろあった中で、
バドミントン女子ダブルスが印象的でした。

何を隠そう、かつてバドミントン部に所属したことがあったので・・・

「無気力試合」で失格者が8名も出ての決勝戦。
第2ゲームはジュースを3回もしのぐ、すばらしい試合でした。
藤井・垣岩ペアにはそんな緊張した場面でも笑顔が見られました。
楽しそうにゲームをしていましたね。
おめでとうございます!!

さて、暑い夏とオリンピックはよく似合いますが、
夏は散骨の季節でもあります。

先日、M様から粉骨の申し込みがありました。
昨年8月に59歳で亡くなられたご主人様の散骨をされるとのこと。

死を覚悟されたご主人様は、何もかもを決めておられたそうです。
葬儀は近親者だけで済ませ、お別れ会を開かれました。
そのお別れ会の招待者リストはもちろん案内状まで作られていたそうです。

「死」は誰もが逃れられないとわかっていても、
いざとなって何人がM様のように最期を過ごすことができるでしょうか。
「終活」というような軽い言葉では、表現できないなと思いました。
最期まで立派に生きて来られた方だなあと感動しました。

二人の息子さんには、お墓のことで心配を掛けたくない、
あんな狭いところに入れられるのはいやだ、という思いから海洋散骨を望まれました。

生まれ故郷の海へ、長く過ごしたアメリカの地での散骨を言い残されました。
そのための粉骨です。

粉骨にはお母様と立ち会われました。
水溶紙で作った袋には、奥様が押し花を貼りました。

5寸の壺に入れられていたご遺骨は粉骨して、
600gの粉になりました。

「こんなになってしまったね」

という奥様の一言。
淡々と作業を見つめ、静かにお話ししてくださった奥様の悲しみ、無念が胸に迫りました。

翌日、台風が迫る中で無事日本での散骨を済まされたそうです。
これで、一つご主人様の思いを実行したことになりますね。
雲の上で、ニッコリと頷いていらっしゃるような気がします。

奥様のお手元には喉仏が残っているそうです。
しばらくは、悲しみは波のように引いたりまた、打ち寄せたりすることでしょう。
ご主人様が見守ってくれていますから、きっと大丈夫ですよとお声をかけたいです。

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