遺骨は柱と数える

投稿日:2013年5月23日

カテゴリ : 手元供養に関するコラム

遺骨を持ち帰ったという新聞記事などを読むと

“ 第二次世界大戦終結後、ソ連統治下の北朝鮮から引揚者が持ち帰った遺骨は1万3000柱にとどまっている。(推定3万5000人が死んだ)”

遺骨は○○柱と数えるのだなと思います。

なぜ「柱」と数えるのでしょうか?
広辞苑によると、柱は

“ 神・霊または高貴の人を数えるのに用いる ”

とありました。

私などは、「柱」というイメージからお墓の塔婆を思い出したりします。

このところの北朝鮮のミサイル発射や核実験などの行為によって、これまで行われてきた北朝鮮での遺骨収集、墓参などが延期されたそうです。
国交のない北朝鮮との間で、やっと昨年から遺骨調査や墓参などが民間ベースで行われるようになりましたが、それが中断してしまったようです。

戦後70年、北朝鮮側の「人道的な問題だから」という申し入れには、「なんとか日本との交渉を再開し、国交を正常化したい」という思惑があったと言われていましたが、とにもかくにも遺族は昨年4回の墓参を果たしました。
それが、ここへ来て頓挫してしまったということで、せっかく民間レベルでの新しい動きだっただけに残念ですね。

今も2万人以上の遺骨が眠っていると言われており、ご遺族の悲しみはつきません。

戦没者の遺骨の話や満蒙開拓団の話など、戦争中の民間人のことを学ぶ機会が少なくなってきているのは、残念なことだと思います。
過去の歴史を知ること、伝えることは大切なことだと思うのですが。

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